開拓使日誌 明治二年五月 - 開拓使

開拓使日誌 明治二年五月

Add: upuvotaw97 - Date: 2020-12-08 07:48:42 - Views: 2765 - Clicks: 4071

規則編冊 明治九年従二月至十年・十一年 開拓使札幌本庁民事局戸籍課 1876~81(明治9~14) 〔簿書/2483〕 小樽港火災救助費一件 明治十四年五月二十二日 開拓使札幌本庁民事局戸籍課 1881(明治14) 〔A 4/317〕. 日本初期新聞全集 : 編年複製版. 慶応四年四月創刊。 『開拓使日誌』 明治二年九月創刊。官版。随時。 『開知新聞』 明治九年一〇月一八日創刊。明治一四年四月(第四六五号)終刊。弘道社。毎月一〇回。 『開導新聞』 明治一三年七月創刊。開導社。毎月六回。 『海南新聞』.

『開拓使日誌 1~6 明治初期各省日誌集成 明治二年五月~十年一月』 『北海道開拓秘録 第1篇~第3篇』 『岩波講座日本歴史 16 近代3』(朝尾直弘 岩波書店 1976) 『北海道開拓記念館30周年記念誌』(北海道開拓記念館 ). 森有礼全集 開拓使日誌 明治二年五月 - 開拓使 第2巻. 明治2年12月、政府は、函館開拓使出張所の開設にともない歳費として、金20万両、米1万石を5年間定額として配分、そのうち金2万両、米1400石を、根室、宗谷出張所にそれぞれ定額配分することとしたが、翌3年2月には北海道開拓使歳額として、金13万両、米9. この年、松浦武四郎を蝦夷開拓御用掛にし、島義勇よしたけ(裁判所会計)、岩村通俊(聴訟司)、桜井慎平(軍務官)を判官に任命し、後に松本十郎が、岡本監輔、竹田信順等とともに開拓使半官に任ぜられた。 明治二年(一八六九)五月には「江戸」を「東京. 開拓使公文録原本一・二 儀式之部 祝賀・献上 職制之部 職制・履歴・選挙・着発・転免・給暇・忌服・雑 外事之部外事・外客雇使・樺太事件 会計之部 出納・定額・旅費・官禄・諸税・貫属家禄・雑 勧業之部牧畜・製錬 建築之部 営繕・道路 舟車之部 船艦 法憲之部 刑法・護送 賞典之部 賞典. 開拓使日誌(1) - 開拓使 - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!みんなのレビュー・感想も満載。. 明治六年三月十九日 開拓使 o 廿二日 一ライマ γ 氏随行生徒岩下周助退校被申付-一付御渡之品受取唯一間 上納之答服ハ追テ 。廿四日 生徒中へ廻章持廻リ使九人稲毛屋より旧事務河村幸雄御用調済-一付今日ヨリ出勤不致旨届出来ル廿七日羽生徒へ出頭侯様.

この部分は、『新北海道史』(第三巻通説二、九一一頁)を参照した。 一七 「開拓使日誌」、ただし『新北海道史』第七巻史料一、 一九六九年、九四五頁を使用した。 一八 全道編一、一四四頁。 一九 民事局「明治五年壬申九月ヨリ至十一月. 番号。 資料番号。 所蔵館。 配架場所 配架案内。 請求記号。 状態。; 1。:。: 本館一般。: 書庫B(2層) (図書館の利用者端末からレシートを印刷して,2階カウンターへお越しください)。. 略輯旧開拓使会計書類 第四号第五百廿一冊二冊合本 (検査官派出中応答書類 明治十五年自二月至六月・検査官派出中応答書類 従十五年七月至十七年) 大蔵省開拓使会計残務整理委員 1881~84(明治14~17) 〔簿書/6519〕. 開拓使日誌 6 明治十年一月. 黒田開拓使次官が北海道開拓計画をアメリカに学ぶため伊藤のあとを追って渡米するのは、翌明治四年一月のことである。 伊藤はずっとアメリカに滞在してこの年五月九日帰国している。. 開拓使公文録原本一・二 儀式之部 祝賀・献上 職制之部 職制・履歴・選挙・着発・転免・給暇・忌服・雑 外事之部外事・外客雇使・樺太事件 会計之部 出納・定額・旅費・官禄・諸税・貫属家禄・雑 勧業之部牧畜・製錬 建築之部 営繕・道路 舟車之部 船艦 法憲之部 刑法・護送 賞典之部 賞典. 開拓使日誌 1 明治二年五月 日本史籍協会∥編 東京 東京大学出版会p 22cm (明治初期各省日誌 集成) 底本:国立公文書館所蔵本 資料番号:請求記号:317/KA/1 p208~:「八月二十五日 教師ケプロンヨリ黒田次官へ書翰写」.

その他の機関並びに個人所蔵史料等を合わせ、編年に配列したものである。また、使関係外国人書簡、北海道庁所蔵開拓使文書・省府文書および三県一局文書、国立公文書館所蔵公文録および公文類家、 」の外に壬申日誌、 明治六・七年日. 明治二年五月に箱館戦争が終結し、七月に開拓使が設置されると、八月に同使は開拓施政に関する要項を政府に提出、指示を求めたが、河野常吉氏によればこの中に「石狩に北海道本府を建つべき経営をなすこと」の一項があり、決定したとされている. 文部省日誌 25 明治十五年十月~十二月 8,800円 東京大学出版会 / 7net; 開拓使日誌 6 明治十年一月.

明治2 (1869)年5月、榎本武揚らの旧幕府軍が降伏し戊辰戦争が終結すると、やっと開拓使が設置され本格的な蝦 夷地開拓が始まります。武四郎は、同年6月、開拓使(蝦夷開拓御用掛)に任命されると、すぐに新政府へ北海. 開拓使日誌 3 明治七年一月. 開拓使になったとき、武四郎さんは開拓主典、ついで開拓判官となっている。判官とは今流に言えば、事務次官か局長級の高級官僚である。『開拓使事業報告』という資料によれば、明治二年創立当時の開拓使長官の年俸は七百石、次官は五百石、判官は. したがって、明治二年の『開拓使日誌』に記述されている「要衝地」の意味合いが鮮明化するうえに、 明治元年の 『仁和寺宮蝦夷開拓ニ付申立并職務任免ノ御達(明治元年)の暗号文書』 の時点で、戦略的な謀が存在している事が判明するのである。.

「開拓使日誌」刊行。 1871: 開拓使本庁を札幌に移す。開拓使十年計画なる。 柳猶悦著「春日紀行」 肥塚貴正「石狩国上川見聞奇談」 岡本監輔「窮北日誌」「北門急務」刊行。 1872: 開拓使「地所規則」を発布,北海道全土の土地に所有権を確定。. 1872年(明治5年)1月、湯地は、薩摩藩出身の尊敬する先輩黒田清隆開拓次官に招かれて、開拓使8等として出仕。 開拓使顧問として来日していたホーレス・ケプロン(滞日:1871・明4年8月25日~1875・明8年5月23日)と同行のアンチセル、ワーフィルド、エルドリッジ. 開拓使を廃止して三県に分割 開拓使は北海道開拓に一〇年計画を作成して進められてきたが、一〇年計画が終了する明治十四年に、長官黒田清隆は赤字続きの官営事業を民間に払下げようとした。. 使員進退録 明治九年二月十三日ヨリ同年至第十二月 開拓使札幌本庁記録局履歴課 1876(明治9) 〔簿書/1558〕 履歴書 明治拾三年 開拓使札幌本庁庶務局職務課 1872~76(明治5~9) 〔簿書/3808〕. 明治二年第一号 自五月至八月 五月二十一日 御下問之写 六月 徳川従四位願書 一関藩公用人願書 西蝦夷地開拓歎願書; 奥付; 表紙; 明治二年第四号 九月 荘内藩知事願書; 表紙; 明治二年第五号 自八月至九月; 奥付; 裏表紙.

開拓使日誌。 外部サイトで調べる: 各巻書名 。 明治二年五月 。 著者名等 。 日本史籍協会/編 。 出版者 。 東京大学出版会/東京 。 出版年 。 1987 。 ページと大きさ 。 392p/22cm 。 シリーズ名 。 明治初期各省日誌集成 。 一般注記 。 底本:国立. 若林 滋 著 定価:¥2,095+税 ISBNC0093 A5判/512頁/並製 年7月刊行 【電子書籍版は下記書店から】 希望販売価格:¥810+税 概 要 薩長権力への痛烈な告発。 三沢毅の生きざまを根幹に据え、幕府崩壊の顛末と戊辰戦争の勃発、あるいは薩長藩閥主導の明治政府、薩閥開拓使. 『開拓使事業報告』(16頁 明治18年大蔵省刊)に、「安政二年志村鐵一ト云フ者アリ豊 平河畔ニ住シ渡舟ヲ以テ業ト為ス」と記されている。これによると安政2年には豊平河畔 に住んでいたことになる。. 開拓使本庁考査課会議日誌 完 明治十一年 開拓使札幌本庁記録局考査課 1878~79(明治11~12) 〔簿書/2449〕 編輯課 開拓使本庁焼失紀事【マイクロ資料】 開拓使札幌本庁記録局編輯課 1879(明治12) 〔F-1/1462〕. 開拓使日誌 3 明治七年一月 8,800円 東京大学出版会 / 7net; 文部省日誌 25 明治十五年十月~十二月. 1907(明治40)年、島ノ下温泉発見される。 1908(明治41)年、渡部俊雄が下富良野市街に医院開業。 1909(明治42)年、富良野成墾記念碑建立する。 1910(明治43)年、官設西達布渡船場が設営。西達布川本流の開拓に着手、22戸が入植する。.

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